10/26 HP開設しました。情報交換したいのでコメントお待ちしてますw

【思想】人の感情は仕事を歪めるか?

AIで“ニュートラル”をつくるという発想は、
世界基準から見て間違っているのだろうか?


はじめに

私たちは本当に“正しさ”で働いているのか?
それとも“感情”で働いているのか?

仕事の中で誰もが感じたことがあるはずです。

  • 感情的な反応が判断を曇らせる
  • 誤解が勝手に増幅される
  • 注意が「攻撃」として受け取られる
  • 空気が意思決定をねじ曲げる

この“感情の歪み”は、個人の弱さではなく、
人間が集まる以上、避けられない現象です。

でも、その瞬間に覚える違和感は、
本当に「個人の問題」なのでしょうか?


目次

人の感情は、仕事の構造を簡単に歪めてしまう

現場で起きているのは、単なるコミュニケーション問題ではありません。

  • 注意が人格否定として扱われる
  • 弱い人に合わせて基準が下がる
  • 努力の質より「傷つきやすさ」が優先される
  • 同じ質問を繰り返す人に周りが引っ張られる
  • コンプラが“逃げ道”になり、本質議論が避けられる

こうなると、

「誰のために働いているのか?」
「何のための組織なのか?」

本来の目的である “価値提供” がぼやけてしまいます。


弱さに合わせる文化は、誰も救わない

日本企業は“優しさ”に誇りを持つ国です。
しかし——その美徳が歪む瞬間があります。

弱さに合わせすぎると、強い人が疲弊し、
弱い人も成長できなくなる。

その結果:

  • 基準が下がる
  • 成長速度が止まる
  • 価値提供が鈍化する
  • 注意=ハラスメント化する

だから私はこう問い続けています。

「世界の組織でも同じ課題を抱えているのか?」
「それとも日本特有の文化が生んだ現象なのか?」
「世界では、このバランスをどう取っているのだろう?」


“構造化”で感情を消している組織

成長するアメリカ企業には共通点があります。

✔ Amazon

“Working Backwards”
→ 顧客視点 → 現場実行性 → そこから逆算して施策を決める

・会議は感情ではなく論理から始める(Amazon「6ページメモ」)

✔ Google

OKRの70%達成設計
→ 完全達成を目指さない
→ 「現場の成長率 × 実現可能性」を前提にする

・評価はImpact(影響)で決める

✔ Netflix Zoom  MS 365

No Rules Rules
→ 個人裁量を最大化するが、
→ 責任の所在と実行可能性は常に明確化

・会議の偏り・非効率をAIが計測

心理的安全性を「強さを引き出すための設計」として扱っている。

弱さに合わせるのではなく、
強み・合理性・価値提供に合わせる文化。

そして現状できるBESTではなく、持続性を重視している。(70%での運営)

日本も本来この方向に進むべきなのだろうか?
それとも文化の違いとして受け入れるべきなのだろうか?


AIを“会議の裁定者”にするという発想

私はこう考えています。

「会議にAIを入れ、感情の歪みを“中立化”できないか?」

AIができること:

  • 感情的な発言をで表示
  • 論理的な発言をで示す
  • 発言量の偏りを検知
  • 事実と推測を分離
  • 論点を自動整理
  • 個人攻撃にアラート

これは人を監視するためではありません。

人間が本来集中すべき“思考・戦略・創造”を取り戻すための技術。

しかしここで、新しい問いが生まれます。

  • これは人間らしさを奪う行為なのか?
  • それとも働くすべての人を救う行為なのか?

AIが発展する社会では、感情は“外向き”ではなく“内向き”の武器になる

AIが正解を提示できる社会では、
人間が持つ“感情”はさらに重要になります。

しかしその扱い方は変わる。

感情は本来、他者にぶつけるための武器ではなく、
自分の内面を理解し、選択を決めるための力になる。

怒り・嫉妬・衝動・違和感——
これらは自分の価値観を知るための“火種”。

そして私は、もう一つの問いを持っています。

「AIが正解を教えてくれる時代でも、
あえて自分の判断を選ぶ行為には、
どんな意味が残るのだろうか?」


AIが“最適解”を出しても、人はあえて違う道を選ぶ

それは非合理ではありません。
むしろ——人間らしさそのもの です。

どの瞬間に“あえてAIの推奨を外れたか”。
その軌跡こそ個性になる。

  • AIは安全を選ぶが、人は挑戦を選ぶ
  • AIは最短距離を示すが、人は寄り道に意味を見出す
  • AIは効率を選ぶが、人は感情で進むことがある

だから私は、こうも問いかけたい。

「AIがあっても、
“自分で決める力”は価値を持ち続けるのではないか?」


AIが“ニュートラル”を担うことで誰が救われるのか?

AIが中立軸になることで、こんな変化が起こります。

  • 誤解が減る(認知ズレが誰か明確化)
  • 感情の衝突が減る(論理的な会議へ)
  • 強い人の負担が減る(説明する手間省略)
  • 弱い人に学習の機会が生まれる
  • 管理職が感情処理から解放される
  • 会議が“価値提供”に直結する

働くすべての人にメリットが生まれる可能性があります。

ただし、それでも私は断定しません。

なぜならまだまだAIは発展途上であり、技術的に難しい問題も多く

それを扱う人間の準備も出来ていないからです。


まとめ

「人間の感情が仕事を歪める部分を、
AIで中立化し、構造化する発想は、
本当に全員を救うのだろうか?」

「AIが正解を教える時代でも、
“あえて外れる自由”に価値は残るのだろうか?」

「人間の個性は、AIの合理からズレる瞬間に宿るのか?
それとも合理に沿うことで育つのか?」

「AI×感情×組織の未来において、
私たちはどんな人間像を選び取るべきなのか?」

私は答えを押しつけません。
ただ、この問いを共有して皆さんの意見を聞いてみたいです。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次